ミョウガとショウガの見分け方、葉を見ても分からない?
ミョウガとショウガの見分け方、葉を見ても分からない?
ミョウガと生姜、どっちなんだ??と、よくわからなくなることが有ります。
自分が植えても忘れた、人が育てているのはほぼ100%分かりません。
ただ、おそらく、普通は生姜のほうが人気だから、大半は生姜だろう、、と予想はつきます。
また、庭に生えているのは日陰なので生姜はあまり育ちにくく、日陰こそが最高の環境であるミョウガである可能性が高いと想像する以外にありません。
実際に見てみます。
ミョウガの葉の様子
生姜の葉の様子
景気の低迷が久しく続く中で、迷走する日本経済のように、いくらやっても、だめなもんはだめだということがあります。いくらああするこうするといって、 いい言葉を並べては消えていった政治のように、しぶとく、よくないものは続いていくものです。
問題を起こす原因があって、それがはっきりしていたら、やはり、それをそれ以上被害が広がらないように他と接触しないようにしたりします。こういう ことだけで、問題は簡単に解決するものです。
結局、問題と接するからトラブルは起こるわけです。そういう騒ぎによって、他の大勢の人が損害をこうむることがあります。そうなったら、やはり、 それはほおってはおけないものです。ただちに処置するという流れが起きてくるでしょう。 そうなった時に一番有効なのが排除していくというやり方です。
ミョウガや生姜の中に雑草は生えにくいのですが、それでも生えた時には、雑草をどんどんと抜いていきます。そのようなものは根こそぎ抜いていきます。
次第に美味しいみょうがや生姜のような有用な植物のほうがたくさん増えていき、健全な状態になるのです。一度、そうなると、他の雑草は生えにくくなり、そこで、一安心ということが言えます。
やはり、混在させてミョウガや生姜のような植物を育てるのは難しいと思います。とくに、春になるとなぜかトラブルが起きるものです。急にどこからともなく雑草が生えて来たりします。
ほんとうに冬の間はどこにいっていたのか?不思議になりますが、土の中に潜んで寒さをしのぎ、外へ出てこないようにしていたのでしょう。春になって心地良い暖かさがくるのはいいことですが、それに浸ってくつろいでいる暇はありません。この国では、そんな暇さえ与えられないのです。
ただでさえ、気候が寒冷化して冬が長く夏が短くなりつつあるのに、トラブル要因が多くて、一番のベストシーズンである、冬明けから春という時期に落ち着いていられやしません。ほんとうにひどいものです。
この一年で唯一心地良い季節は、とても短く、年々短くなっています。こんな貴重ないい日に最悪な気分になったら、ガーデニングなど楽しめないですね。
出来る限り、落ち着いて集中できる場所でないと楽しめないのが、ガーデニングという趣味です。
ふつうの住宅地ではもはや楽しめないものになっています。
とくに都会近くには人が雇用を求めて集まってきていて、大変な混み具合です。そして、様々なストレスがあります。住宅地においても、閑静な住宅というのを求めるのは、もう不可能となってきているようです。
庭なんて合ってもないようなものです。
たかが、 網でできたスケスケのフェンスで同じ空間に隣の敷地があり、丸見えで、空気もつながっていて、まるで一緒です。
家なんて、壁があるだけで、ほんとは物凄く、隣地の人間と近い距離で生活していることが分かります。
こんな状況で庭でガーデニングを楽しもうなんて、ねがっても無理です。
グラウンドくらい広ければいいですが、普通は無理です。つまりはグラウンドくらいの土地というのは、一般的な畑くらいの広さで、それくらいがやはり、人が1世帯生活するのに必要な広さなんだと思います。
これくらいの広さがなければ、自然と安住を妨げるものは排除していくという心理が働きます。普通に起きます。これは当然の防衛本能です。
こういうことによって、実はどんどんと難しい人間関係が必要になってきているのです。もはや、都会でもクールには住めない!と言えそうです。
さらには、数十年前までは、まだまだこれから日本は発展して伸びていくから良くなるよ、きっと、国が制度をよくしてくれるよなんて、考えられましたが、もはや、期待するのがお門違いというくらいに不可能になってきました。
制度があっても、知らせていない!とか、利用できない!とか、ほんとおかしいですよね?
そんな状況で、人のモラルや良心まで高い状態に保つなんて不可能です。貧困状態では、もはや、居住環境は悪くなることしかありません。
ですので、
畑を少し離れた心地良い場所に借りるというのがいいと思います。
別に頻繁に通えなくても、心地よさを求めたい時にいける所にあればいいと思います。
週1でもいいと思います。
それだけのことさえできないのが現実ですが。。